2009年11月8日日曜日

「鳩山政権に対する全国規模の抗議デモ」(世田谷通信)

沖縄の米軍普天間飛行場の移設問題に対して、衆院選の公約では「見直しの方向」とし、選挙中の遊説でも「沖縄の皆さんの気持ちを第一に考え、辺野古への移設計画は根本的に見直し、最低でも県外移設、できれば国外移設を進めていく」と明言し、連立政権発足時にも同様の方策で3党合意に達した経緯があるのにも関わらず、新政権発足から少しずつ発言のニュアンスを変更して来た鳩山由紀夫首相の優柔不断な態度に対して、沖縄県民を始めとした多くの有権者の批判が相次いでいる。また衆院選時の公約を無視して「嘉手納基地への統合案」を口にする岡田克也外務相や「県内移設も選択肢のひとつ」と受け取れる発言をした北沢俊美防衛相、沖縄では県民の立場に立った発言をしていながら、訪米したとたんに「県内移設はやむをえない」と発言した仲井真弘多沖縄県知事に対しても強い批判が集中している。7日には嘉手納基地のある嘉手納町で、岡田外相の発言に反対する町民大会が開催され、約2500人の町民らが集まった。嘉手納町民らは「米軍基地負担の軽減を公約に掲げた民主党に期待して投票したのに、政権をとったとたんに正反対のことを言い出した。これは完全に有権者に対する裏切りで絶対に許せない」と怒りを爆発させていた。8日には「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」が宜野湾市海浜公園で開催され、3万人を超える大規模な集会になると予想されている。また、この集会に合わせて、全国各地でも連動した集会やデモが行なわれる。8日午後2時から、東京では銀座の水谷橋公園、大阪では中之島公園の女神像前、名古屋では栄のバスターミナル(噴水南側)を集合場所とし、それぞれが辺野古への新基地建設と県内移設に反対するデモや集会を行なうとともに、口では「沖縄の人たちの気持ちを最優先する」「対等な日米関係を築く」などと言いながら、これまでの自民党政権と同じくアメリカの言いなりになり始めている鳩山政権に強く抗議するものと思われる。鳩山首相が早急に辺野古への移設と県内移設の中止を明言しない限り、「裏切りだ」「許せない」という沖縄県民の声は全国へと広がっていくだろう。(2009年11月8日)

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2009/11/post-0ce0.html

2009年10月22日木曜日

『貧困を考えよう』(岩波ジュニア新書)

釜ヶ崎の生田武志です。

10月20日、岩波ジュニア新書から『貧困を考えよう』という本を出しました。
(240ページ・税込 819円)
貧困問題全般を扱っていますが、3分の1を「子どもの貧困」に費やしています。
東京都福生市の児童館で行なわれた「子どもための炊き出し」、釜ヶ崎にあった
「あいりん小中学校」、こどもの無保険問題、西成区で行なわれている子どもた
ちの困難なケースに対応する「ケース会議」など。
そして、後半は貧困問題全般についてかなり包括的に触れています。
この本では、西成区の中学校、高校の教員の方、福生市の児童館の職員、
ピアノ講師、脳性マヒの方、外国人支援の方たちなどに話を伺い、そのインタビ
ューの一部を使っています。
ジュニア新書ですが、内容としては高校生から教員対象の本になりました。
子どもの貧困をはじめ、様々な現場での取り組みや問題を伝える内容になってい
ると思います。
よろしければ、ご一読ください。

■目次
1章  二人のひろし
2章  日雇労働者の貧困――あいりん小中学校
3章  子どもの貧困
4章  大阪市西成区で
 1 ケース会議/2 反貧困の教育
5章  激化する貧困
6章  貧困の解決のために





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岩波書店ホームページでの紹介
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/jr/toku/0910/500638.html
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■著者紹介
生田 武志(いくた・たけし)
1964年千葉市生まれ.同志社大学卒業.大学在学中から釜ヶ崎の日雇労働者・野宿者支援活動にかかわる.卒業後,日雇労働者として働く.2000年,群像新人文学賞評論部門優秀賞.2001年から小・中・高校などで「野宿問題の授業」をおこなう.野宿者ネットワーク代表.著書に『〈野宿者襲撃〉論』(人文書院),『ルポ最底辺——不安定労働と野宿』(ちくま新書).
■内容紹介
 この本を書くために,生田さんは「貧困」にかかわる多くの人にインタビューをしてきました.地元の大阪市西成区の先生,東京都西部で子どものための炊き出し活動をしている人,九州でピアノ講師をしている若い人,夫からDVを受けて子ども二人を連れて家を出た女性,脳性マヒによる四肢障害をもつ人など.それらの一部が本の中に出てきますが,やはり生の声だけに強く印象に残ります.
——人間て信用できへん状況とかあるし,私らも自分のことでも自信ないけれど,「そうじゃない.人ってひょっとしたら信用できるかな」みたいな思いがあれば,生きていけるかなという気もしてね.私が支援は必要やし,大事やなと思ったのは,そういうところもあります.
——やっぱり生活保護家庭はしんどいですね.生活保護が出るっていうのは,保護者が働けないんです.そうすると,子どもがかなりの家事をしてるんです.(中略)高校に入って自我が芽生えたときに,自分の置かれている状況がなんでこんなにしんどいんだって思うようになって,保護者との軋轢が出ちゃうんですよ.そうなったときには,ひどい場合には虐待という形になります.
 子ども,若者,高齢者,女性,非正規労働者,外国人,障害者など,貧困は社会の広い層に及んでいることがよくわかります.この本で,生田さんが日々ふれあう人たちからつかみとった貧困の実態と,当事者の方たちの実感に触れていただきたいと思います.

2009年10月18日日曜日

「所得格差」が「教育格差」を生む冷酷な現実

(金子元久=東京大学大学院教授)

 私がセンター長を務める東京大学大学院教育学研究科・大学経営・政策研究センターで行った「高校生の進路についての調査」で、親の年収によって大学進学率に大きな格差があることが明らかになった。

 子どもの受ける教育や進学率が、親の所得差によって影響され、「教育格差」につながっているとして社会問題化している。調査はこうした実態を探るためで、 05年度に全国の高校3年生約4000人を抽出して3年間追跡した。保護者から聞き取った年収を200万円以下から1200万円超まで7つに区分し、進路との関係を見た。

 それによると、年収200万円以下の家庭では、4年制大学進学率は28.2%、200万〜400万円以下でも33.0%にとどまるのに対し、1000万円を超える家庭では62.1%、1200万円超では62.8%に達していた。(図表1)

















裕福な家庭の子弟は、ほぼ希望通りの進路を歩んでいる

 また、両親に「経済的にゆとりがあればさせてあげたいこと」を聞くと、年収が低いほど「就職より進学」が高率となり、年収200万円以下では 27.4%だった。逆に「現在の希望から変更なし」は高所得者ほど高く、1200万円超の家庭では75.9%(図表2)。所得に余裕のある家庭では、ほとんどが希望通りの道を歩ませていることを示している。

















 一方、進学先を見ると、国公立大は年収600万円未満はどの層も10%強、1200万円超でも12%強と大きな差はない。他方、私大進学の差は顕著で、 200万円以下は17.6%、600万円〜800万円以下は36.8%、1200万円超は50.5%で、200万円以下の2.9倍になった。低所得層にとって、私立大学進学は相当に高いハードルであることがうかがえる。

所得が高い親は、子どもへの確かな動機付けができる

「保護者の収入が多くなるほど右肩上がりに大学進学率が高くなる」「特にこの傾向は私立大への進学で顕著になる」というほぼ事前の予測どおりの結果となった。

 この調査は多くのことを示唆している。ひとつには、所得が高い家庭のほうが子どもの成績がよいという傾向があることだ。これは、塾に行かせたり家庭教師を雇ったりという補助的な教育の差よりも、高所得の親は子どもの将来のキャリアに対する確かな見通しを持っている点が大きい。小さいうちから子どもをしつけ、動機づけをしていくことが、家庭で比較的できているということだ。逆に言えば、所得が低い家庭では、こうした子どもへの動機付けが欠けているということになる。

 また、そうした傾向とは別に、成績が優秀なのに経済的理由で進学できない層が確実に存在するということだ。例えば親が病気になって収入が途絶えた、離婚などによって母子家庭となり、収入が少ないなどの家庭である。特に最近の離婚率の上昇やリストラによる失業でこうしたケースは顕著に増えている。

 そうした家庭のために奨学金があるのではという意見もあるだろうが、それらはすべて「ローン」であって返済義務がある。そのため、所得が低い層の人たちは奨学金を借りたがらない。特に最近は、大学を卒業しさえすれば就職ができ、奨学金を返済するのに十分な収入が得られるという保証がなくなったことも大きい。

 救済措置として以下のようなことが考えられる。卒業後の所得を確実に捕捉して、所得が低い人には返済免除をする一方で、返す能力のある人からはきっちりと取り立てることが必要となるだろう。また、入学前に親の所得を調べ、必要な層には授業料免除などの措置をとることも考えられる。

格差は小学校時代から始まっている

 親の所得格差で子どもに与えられる将来展望や説得力に大きな差が出ている点を既に指摘したが、そうだとすると、こうした格差は既に小学校時代から始まっていることになる。それは、文科省の全国学力テストの分析からも裏付けられる。所得の高い家庭ほど子どもに対する指導、しつけが行き届いて、結果的に子どもの学力に大きなプラスとなるのである。

 だから、表面的な「所得格差」を追うのではなしに、大都市を中心として子どもの教育に無関心な家庭がじわじわと広がり、結果的に基礎学力が低い層が固定しつつあることに注目する必要がある。そういった家庭の子どもは展望を持てず、将来何をしたらよいかよく分からない。しかも、メディアの学校の抑圧に対するキャンペーンが行き過ぎた結果か、親の権利意識ばかりが強くなり、学校でも子どもを押さえつけられなくなっている。将来に展望を持てず、一方学校からの強制もなくなれば、子どもが勉強しなくなるのも当たり前と言える。

 小中学校の頃から勉強についていけず、親も子どもも大学進学などあきらめている層が次第に広がっている。しかも、この問題は小学校から始まって累積的に拡大し、高校時代にピークアウトする。高校3年生では、1日3時間以上勉強する生徒が半分くらいいる一方、約3分の1はほとんど勉強をせず、宿題もせず、そもそも教科書を自宅に持って帰らない。こうした層は将来に向けた努力を、はなから放棄してしまっているのだ。学校に行っているだけでも意義はあるのかもしれないが、「学習」というものは、教えられる部分と自分で学ぶものとで構成される。後者が欠けているとすると、教育の効果は期待できない。

「底辺層」が固定化してしまう危険

 要は、多くの家庭や学校が子どもに学習のためのモチベーションを次第に与えられなくなってきたのが、日本の最大の危機なのである。従来は受験勉強がその役割を果たしていたが、大学全入時代を迎え、その仕掛けは破たんしてしまっている。また、大学を経ずに高卒で社会に出る道は、ますます細くなっている。従来大きな就職先であった製造業の正社員職が中国などに移転されてしまった結果、高卒での就職先はコンビニエンスストアなどのサービス産業の非正規社員しかなくなっている。進学するにせよ、就職するにせよ、ますます若者は目標を見出せなくなっている。

 所得格差問題が投げかけているのは、中堅・底辺層が固定してしまい、基礎学力が低いまま放置され、将来展望も描けずにいることだ。グローバリゼーションの時代にこうした傾向が広がったのでは、日本の競争力は低下し、国全体が衰退してしまう。

 だから、「大学進学」の量的拡大だけを論じるのでは不十分だ。4年制大学の進学率はここ数年で上昇しているが、長期不況の影響で高卒者の安定した就職口が激減し、仕方なく進学する人たちが多くなってきているのが原因だからだ。また、少子化によって無試験同然で入学させる大学も増えてきた。その結果として、大学での勉強時間も米国の半分程度にとどまっている。

 結果として、彼らの多くは在学中からやる気を失ったり、就職試験で連戦連敗し、そのままニートやフリーターになってしまいやすい。また、仮に正社員として就職できたとしても、3年以内に3割が辞めてしまうのである。

大学は学生の「動機付け」を支援すべき

 所得格差がそのままモチベーション格差として定着しやすいこと、モチベーションの低い層が拡大しつつあること…こうした傾向に対して何か手は打てるのだろうか。

 一つには大学がこうした現実を前提に大きく変貌することが求められている。これまでの大学では、学生は一人前であると勝手に想定して、講義はするけれど後は自分で勉強してくださいという態度をあからさまに取ってきた。これを改め、大学は学生にある程度の強制力を持って勉強させることが重要だ。自分で勉強するプロセスは大事だが、それにしても基礎的な手ほどきや学習スキルを身に付けさせるように大学の授業が機能する必要がある。

 また、将来の展望、目標をどう持たせるかも重要だ。「キャリア教育」とか「インターンシップ」の重要性が叫ばれているが、ちょっと企業人の話を聞いたくらいで将来の方向性が見つかるというものではないだろう。また、インターンシップにしても、一つの職場で経験したことが普遍的に役立つというものでもない。

 日本の学生は、最近ではサークルには参加せず、アルバイトに時間を割く傾向がある。経済的な問題もあるだろうが、それよりも現実社会に対する接触を求めているのだろう。いろいろな人と出会い、いろいろな経験をするということを、大学はカリキュラムの中に取り入れていくことが必要なのではないだろうか。たとえば地域の問題をとりあげて、チームでそれを解決するとか、短期留学制度を広め、異なるバックグラウンドの学生たちと交流させるといった具合だ。こうした経験の幅を広げることがモチベーションを促進させるのだと思う。

 大学に入る前に職業への展望を持ち、その結果として学部を選択するというのが理想的だが、多くの学生がそういう道を選択するというのは現実的ではない。あまり明確な展望を持っていない学生に、どうやって大学生活の中で経験の幅を広げ、自分で考えるプロセスを与えるかが、大学に求められている。

 ここでいう「経験」とは必ずしも実務のことを指していない。一つの実務を覚えても、それが他で役立つとは限らない。それよりも異なる人たちとの接触、社会(地域、職場、国際社会など)との接触を通じ、ある程度自分の頭の中を整理する回路をつくることが重要なのだ。

社会に出てからの「格差」問題の芽が、ここにある

 将来展望やモチベーションの問題は、社会に出てからの「格差」問題(例えば正社員対派遣社員)にも大いにつながっていると思う。現在大卒の3割が普通の就職ができていないし、就職しても3年以内にやめる確率は3割だ。そういう人たちが「まともな給料を払える正社員職」という限られたパイからはじき出され、そのまま固定化してしまう。そういう人たちの最大の問題は、自分に対する確信を持ったり、将来への展望を持ったりすることができないという点だ。

 こうした問題は、小学校時代からの積み重ねだと思う。学力とモチベーションは表裏一体の関係であり、問題にすべきは表面的な学力よりも自己確信の強さだと思う。競争社会とはそういう面の格差が強く働く社会なのだ。こうした傾向は先進国共通の問題である。社会が富裕化するにしたがって、何に向かって努力するのか目標が設定しにくくなる。その中で所得が高い家庭では目標を保つためのリソースを豊富に持っている一方で、所得が低い層はますます努力の対象を見つけられない危険にさらされる。

 問題の解決に向けて、高等教育機関である大学だけでなく、小学校、中学校、高校ともできることは多いはずだ。(談)


金子 元久(かねこ・もとひさ)
 1950 年生まれ。シカゴ大学修了(Ph.D.)。教育学者(高等教育、開発教育)。東京大学教育学部長を経て、現在東京大学大学院教育学研究科・大学経営・政策研究センター長。高等教育研究の第一人者として、その業績は日本のみならず、国際的にも高い評価を得ている。著書に『教育・経済・社会』『教育の政治経済学』(放送大学教材)、『近未来の大学像』(玉川大学出版部、編著)、『大学の教育力——何を教え、学ぶか』(ちくま新書)などがある。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091013/188159/

2009年10月12日月曜日

速報!緊急抗議行動は無事終了いたしました

 「外国人排斥を許さない10.10関西緊急抗議行動」は、けが人、逮捕者もなく無事終了いたしました。参加された皆さんお疲れ様でした。賛同してくれた皆さん、ありがとうございました。
 12時からの集会には200人、13時からのデモは250人のご参加を頂きました。彼らを迎え撃っての抗議街宣から参加していただいた方もおり、街頭の皆さんに在特会などの排外主義者の危険性について伝えることができたと思います。
 一方で彼らの方も人数を増やして(なんば周辺で300名程度)おり、今後も粘り強い闘いが求められています。
 後日、正式な報告を致します。

2009年10月6日火曜日

「リオデジャネイロが石原都知事を批判」(世田谷通信)

2016年のオリンピック開催都市に選ばれたブラジルのリオデジャネイロが、5日、石原慎太郎東京都知事を批判する声明を発表した。声明では「日本の石原知事が報道陣に対してIOC(国際オリンピック委員会)の選定について不適切な発言をした」と指摘しているが、どのような発言なのかは具体的に明言していない。しかし、東京が負けたことを石原都知事は「政治的な動きがあった」とし「ブラジルの大統領がアフリカの人にかなり思い切った約束をしたようだ。サルコジ大統領もフランスの戦闘機を買ってくれるならブラジルを支持すると約束したとか」などと発言したことが、海外メディアでは批判的に報じられているため、この発言を指しているものと思われる。この一連の石原都知事の発言は「東京が負けたのは私が悪いのではなく水面下でブラジルが他国と裏取引をしたからだ」という趣旨のものであり、今後、国際問題に発展することは避けられないだろう。声明では「石原知事の発言はまことに遺憾であり、IOCのルールにも違反している。我々は石原知事の無礼な態度に失望しており、IOCには6日付で正式に報告する」とされている。石原知事の周りには「次の2020年の召致を目指そう」などという声もあるようだが、開催都市からこのようなクレームを受けるようでは、何度やっても召致などできないだろう。また石原都知事はコペンハーゲンからの帰りのチャーター機の中で「泣いた」と発言しているが、都民の間からは「都知事1人のわがままで莫大な血税を無駄遣いされたのだから、泣きたいのは都民のほうだ」という声も出ている。(2009年10月6日)

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2009/10/post-becb.html

2009年10月2日金曜日

反在特会/緊急抗議行動参加・賛同呼び掛け

在特会(在日特権を許さない市民の会)主催の「10.10外国人参政権断固反対!全国
リレーデモ・関西集会」への緊急抗議行動参加・賛同呼び掛け

民族排外主義がはびこっています。既に皆様も目や耳にしたことがあるかもしれませ
ん。「在日特権を許さない市民の会(在特会)」を名乗る右翼が、ここのところ活発に
デモや集会への襲撃を繰り返しています。今年春の埼玉県蕨市での在日フィリピン人
女子中学生の学校や自宅への襲撃デモをはじめ、慰安婦問題を扱う集会や地方議会の
決議への妨害.襲撃、在日本朝鮮人総連合会や在日本大韓民国民団などの民族団体
や、政党への押しかけ、全国各地での外国人地方参政権への反対デモなどです。こう
した彼らの行動は日本人を特別扱いしてそれ以外のアジアの諸民族を日本社会から差
別する、まさに民族排外主義であり、襲撃を扇動して在日外国人を排除しようとする
など、許すことはできません。不況下においてファシズムや外国人差別が肥大化した
歴史を思い起こすとき、このような動きを見過ごすことは出来ません。

 今年6月13日その在特会などが、京都市で排外主義をあおるデモをしかけまし
た。私たちは彼らの行動が、京都にとどまるものではないと考え、「外国人排斥を許
さない6・13緊急行動」としてデモと抗議の街頭情宣を行い、彼らの排外主義扇動
と対峙しました。彼らの動員をはるかに上回る人々が集まり、彼らの行動に抗議の意
志を示しました。

蕨市での外国人排斥デモ以降、在特会はネットで街頭行動を呼びかけ、その行動の映
像をYoutubeやニコニコ動画といった動画配信サイトに流し、動員数を増やし
てきました。今年8月1日〜3日、在特会は東京三鷹市の『中学生のための慰安婦
展』で300人、8月15日の反天皇制運動連絡会主催のデモでは500人が集結し
襲撃を掛けて、参加者に負傷者が出ました。一方、関西では、在特会等は在日朝鮮の
人々に対し、ウトロでの「自衛隊の皆さん、銃撃してください」、鶴橋では「鉄槌を
下せ」といった、襲撃を示唆するような暴言を浴びせました。その後、民主党を中心
とする連立政権が成立する中で、彼らは危機意識を強め、活動を活発化しています。
9月27日に行われた彼らの東京デモでは、「外国人排斥反対」というプラカードを掲
げた男性1名に対して集団リンチを行うという事態に至っています。
そのなかで、10月10日、大阪で外国人参政権反対を口実とした排外主義扇動デモ
を行なおうとしています。彼らも前回の抗議行動をうけて更に動員を構えてきます。
私たちは、暴力をも含めファッショ的に急進化する彼らに対して、ファシズムに反対
する労働組合、市民団体、宗教者、諸個人の連帯で対決して行きたいと考えていま
す。「外国人排斥を許さない10・10関西緊急抗議行動」にぜひお集まり下さい。
民衆の包囲こそが、彼らの跳梁を許さない最大の鍵だと考えています。

限られた時間の中ではありますが、皆様の参加と賛同を呼びかけます。

賛同締め切り  10月9日(金)12時
主催      外国人排斥を許さない10.10関西緊急抗議行動実行委員会
連絡先     action1010committee@yahoo.co.jp
呼びかけ人・団体
内山 悠(失業と野宿を考える実行委員会)・岡田 一(高齢者特別就労組合準備
会)・志賀
英記(アジア共同行動日本連絡会議全国事務局長)・中沢浩二(とめよう戦争への
道!百万人署名運動関西連絡会)・労働者共闘

2009年9月29日火曜日

檄文 【在特会の「暴行デモ」にみる現実と仮想の倒錯、論理的思考の破綻と落胆】

http://news.livedoor.com/article/detail/4366158/
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集団が1人の男性に対して集団暴行をするという動画が、インターネット動画共有サイト『YouTube』に掲載されている。この動画は9月27日の午後に秋葉原で撮影されたもので、動画自体も同日にアップロードされて掲載されたようだ。

集団が1人の男性に対して暴力をふるった理由は何か? 動画と解説文を見る限りでは、どうやら対立意見を持つ人物に対して集団が暴力を行ったようで、集団は 「外国人参政権断固反対」のデモ行進をしていたグループのようである。デモ行進中に「排外主義断固反対」というプラカードを持った男性1名を発見し、突発 的に暴力に至ったようだ。

この動画を掲載した人物は何者かわかっていないが、集団の関係者の可能性もあるようだ。動画につけられている解説文には、「外 国人参政権断固反対!東京デモが9月27日午後、秋葉原で行われ、500名が参加し ました。デモ中、歩道に目をやると、「排外主義断固反対」のプラカードを持った左翼の男が1名 、突っ立っておりました。これにほぼ同時に気づいた私と〇〇〇〇氏が左翼からプラカードをもぎ取り、あとは動画の通り参加者の皆さんが左翼をフルボッコにいたしました」と書かれていた(伏字には個人名が書かれている)。

意見の対立により相手に対して良くない感情を抱くのは 仕方がないことかもしれない。しかし、この動画を見る限りでは一方的に暴力をふるっているように思える。暴力で物事は解決できないし、もちろん暴力に暴力で応えても解決しない。まずはそこから考えてみる必要があるのではないだろうか。

追記: インターネット上では「自作自演の仕組まれた動画では?」という噂が流れているが、真相はわかっていない。それゆえ、このような動画がインターネット上に掲載されていたという事実のみをお伝えするにとどめたい(2009.9.28.00:47)。

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 在特会の「暴行デモ」が問題になっているが、暴行に至るまでのプロセスを見ていると落胆は深まるばかりだ。

 たった一人、抗議のメッセージを掲げているて立っている「彼」を圧倒的に優位な多人数の人間が取り囲んだ・・・・・。

 しかも、集団で暴行を加えた「彼ら」がネット上で「戦果」を勝ち誇っている・・・・。

 暴行映像は呆れるばかりだ・・・・・そう、これは誰が見てもリンチだ。

 これがリンチで無いとしたら何がリンチなのか。

 しかも、暴行を止めさせようとしている様子が見えない。
 この人達には、現実と仮想の区別が果たしてあるのか・・・・・

 アニメや小説の暴行・ケンカ場面ばかり見て、感覚が麻痺しているのではないか・・・・

 暴行を働いた「彼ら」には分かるまい。圧倒的多数のデモ隊に抗議をした「彼」の勇気と恐怖・・・・そしてつかの間の葛藤。
 果たして暴行を働いた文明人の「彼ら」が、中国や韓国から感じている恐怖と、たったひとりの「彼」が野蛮人と化した諸君から感じた恐怖とどちらが大きいか。

 暴力行為が正当化されるのはアニメや漫画の中だけだ・・・・。
 宣戦布告なき戦争は国際法違反である。戦争にすらその程度の倫理がある。
 
 いきなり取り囲んで暴行とは、ガキだ。糞だ。精神が倒錯し、仮想と現実、ウソッコとホントがごちゃ混ぜになっている。

 格好いい「熱血漢の正義の鉄拳」は、現実世界では、暴漢の犯罪行為で、それは痛みと責任、損失と不名誉を伴う。

 仮想空間では「痛み」を感じる事もなく「責任」を問われる事もない。

 しかし仮想と現実が倒錯し、アニメ的な暴走行為が現実化する時、そこには精神の未熟性と倒錯した自己矛盾が責任と言う形で現実化するのだ。

 もしかしたらデモに参加した「彼ら」はニートで社会的弱者かもしれない。

 だが、抗議をした「彼」はその原因を作った存在ではない。
 職も無く、まわりから厄介者扱いされ、希望が持てない状況を作り出しているのは、彼ではない。
 弱肉強食のシステム、勝ち組、負け組を作り出したのは彼ではない。
 派遣切りを作出したのは彼ではない。

 問題、それは間違いなく強欲資本主義のシステムにあるのだ。

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http://www.asyura2.com/09/senkyo72/msg/294.html
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